兵庫県たつの市にある「板垣救急クリニック」。2020年8月に開業しました。医師の板垣有亮院長(39)を中心に少人数のスタッフで運営しています。「24時間断らない」そう掲げるクリニックの週末を取材しました。
「どこの医療機関がなくても、最後はうちが受け入れる…」
午前6時40分。
(アラート)
『個別搬送が要請されました』
うす暗い院内にアラートの音が鳴り響きます。この日、救急車の受け入れ要請から1日が始まりました。
兵庫県姫路市から搬送されてきたのは73歳の男性。家族全員が新型コロナウイルスに感染していました。救急用の入り口から壁1枚を隔てると、そこは救急室。運び込まれた男性はそのまま検査へと移ります。
新型コロナウイルス患者の男性は、酸素を吸入したままで検査を受けていきます。検査の間に受け入れ先の病院が見つかり、クリニックを後にしました。
兵庫県のシステムでは救急隊が受け入れを断られ続け搬送するあてがなくなった場合、一斉に県内の413ある病院(5月21日時点)に対して、受け入れを要請するアラートを鳴らします。この要請に応じる病院が出れば、ようやく救急隊の行き先が決まります。
(板垣救急クリニック 板垣有亮院長)
「当院はどこの入院医療機関がなくても、最後うちが受け入れて全てに応じ『〇』を入れ続けていたのですが、ワクチンという盾をすでに張っていながら、まだ協力してくださっていない医療従事者が、多くはないと思います、ごくわずかだとは信じていますけれども、いるのは事実であり、その彼らが当事者意識を持って、このコロナ禍という災害医療に協力してくれることによって、もう少し入院までに入院医療機関も必死なので、それまでに繋いであげることって絶対できると思うんですね」
同じ医療従事者に対して「ワクチンを先に接種した以上その責任を果たすべき」と思いを吐き出しました。
魚の骨に苦しむ女の子 クリームパンで“アナフィラキシーショック”横たわる女性
たつの市は周りに病院が少なく、特にほかの病院が閉まっている夜間や日曜日には患者が大勢駆け込みます。
40kmほど離れた加古川市から来た1歳の女の子。ご飯を食べてから様子がおかしいとのことでしたが…
(板垣救急クリニック 板垣有亮院長)
「はい、取れた。喉もう痛くないんちゃう?ほら見て、お魚さんの骨出てきたで」
喉から出てきたのは長さ3cmほどの骨でした。
(母親)「元気になった?痛いのはなくなった?」
(女の子)「・・・」
(母親)「ほっとしました。『先生ありがとう』という感じですね。すごく痛がっていたし」
一方、ベッドに横たわる44歳の女性はクリームパンを食べたあと全身のかゆみと顔が腫れあがる症状が出て、急いで病院に駆け込みました。
(女性)「ここまで普通に車を運転してきて、ここに来て急に呼吸ができなくなったので」
(記者)「先生からは何か言われました?」
(女性)「アナフィラキシーショック。あと30分遅かったら命が(危なかった)ということですね」
“24時間断らない”わけ
板垣院長は大阪出身、地元ではないたつの市で医師不足を目の当たりにして、開業を決めました。開業して9か月あまり、いまは遠くに住む人からも「かかりつけ医」と頼られ、週末も多くの患者がやってきました。
(板垣有亮院長)
「24時間とりあえず患者さんの相談には乗るという形をとっているのは、(ほかに)相談に乗る場所がないんですよね。『何時から何時はうちは電話も出ませんよ』というのは医師としてはできない。自分がしんどいから僕もやめたって言ったら、それをやってしまうと僕自身が救命救急医としての何か大事なものを失うような気分になるので」
午後11時前に鳴り響くアラート 100km離れた川西市から患者搬送
午後10時50分。長い1日を終えようとしていました。
(板垣有亮院長)
「今日は休診日なので、ひたすら飛び込み(患者)と前日に診た患者さんのフォローが数名でした。総勢で明け方から入れて20名いらっしゃっていて、新型コロナウイルスの患者さんで姫路の救急隊から『病院がまったく見つからない』と…(アラートが鳴る)って言ったら鳴ったね」
(アラート)
『個別搬送が要請されました。受け入れ可否情報を入力してください』
この日、2度目のアラートです。
(板垣有亮院長)
「『阪神間14件交渉するが受け入れ難航』ということで、川西市消防が兵庫県全域に流してますね。病院がなかったらうちで受け入れましょう。(Q川西市からたつの市へはどれぐらい搬送にかかる?)2時間」
アラートから40分後の午後11時23分、電話が鳴りました。
(救命士)「もしもし板垣救急クリニックです」
(消防)「ちょっと1回保健所に相談して、家族も濃厚接触者みたいで」
県の東の端、100km離れた川西市からの搬送が決まりました。県内全ての病院のうち、このクリニックだけが受け入れに応じました。
搬送された患者“新型コロナウイルス陽性” 患者の家族に現状伝える院長
日付も変わった、午前1時38分。雨が降る中、救急車が静かに到着しました。女性(89)は一度、新型コロナウイルスに感染。ただ、退院したことで保健所の観察対象から外れていました。
(救命士)
「ごめんなさいね。検査2つさせてもらいます。抗原検査とPCR検査」
この夜、板垣院長が改めて新型コロナウイルス患者だと診断したことで、女性は再び入院待機者となりました。
(電話で話す板垣院長)
「中等症やね。肺炎像ありと。ただ連れて帰らんと死んでしまうと思うので、それは協力いただきたい」
自家用車で遅れてやって来た家族に板垣院長が歩み寄ります。
(家族に説明する板垣院長)
「いま完全に災害医療に陥っていますので、最悪の事態だけは覚悟はしておいてください。家で入院先も見つからないまま在宅医も見つからないまま亡くなってしまう可能性は正直あると思うんですね。ごめんなさい、本当に。これ以上のことをしてあげられなくて本当に申し訳ないと思っています。僕が行ってあげられたらいいんやけど、僕はここにいてずっと救急車を受けるのが仕事なので、ごめんなさい…」
午前3時38分、入院先が見つかることを祈り、女性とその家族を見送りました。この日、女性は幸いにも入院できる病院が見つかりました。
(板垣有亮院長)
「何よりも患者さんを診ることが嫌とは全く思わないんですけれども、こういうかなりつらい説明ですよね、悲劇的な説明をしないといけない状況とこのあとこの患者さんがどうなるかは県の采配に委ねざるをえないと。こういう日々はかなり精神的にはつらい部分がありますよね。でもやれることをね、やるしかないので」
24時間患者を受け続ける板垣院長は、救急要請に応える医療機関が1つでも増えることを望んでいます。
(5月21日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」内『コダワリ』より)