発達障害の人の声をもとに開発された「ノート」があるのを知っているでしょうか。発達障害の人の中には生まれつきの脳の働き方の違いによって視覚や聴覚などの感覚が過敏になる人もいて、こうした人たちにとって“一般的なノート”は実は使いづらいものでした。そこで、誰もが使いやすいノートを作るために試行錯誤した人たちがいました。
審査員から称賛の「mahora」ノート
今年6月末に東京ビッグサイト(東京・江東区)で「日本文具大賞」の表彰式が開かれました。機能面やデザイン面で特に優れた文具に贈られる賞で、今年も個性豊かな10の文具が優秀賞に選ばれました。
そんな中、とりわけシンプルな文具がありました。その名も「mahora(まほら)」ノート。「住みやすい場所」という意味の古語「まほろば」から名付けられました。一見、普通のノートに見えますが、審査員からは称賛の声が上がりました。
(小学館「DIME」編集長 安田典人審査員)
「発達障害の方が見にくいノートがあるとか見にくい文字があることは知らなかったです。文房具って子どもから大人までみんなが使うものですから、いろんな人が平等に使える機能に注目していきたいなと思います」
開発の老舗企業“白いノートが使えない人”の存在を知る
mahoraノートは、これまでノートを使うことができなかった人たちに向けて作られました。ノートを開発したのは大阪市生野区の老舗ノートメーカー「大栗紙工」です。これまで大手文具メーカーのノートなどを受注生産してきましたが、自社製品を作ろうと考えた取締役の大栗佳代子さん。あるセミナーに参加したことがきっかけで、発達障害がある人に出会いました。
(大栗紙工 取締役・大栗佳代子さん)
「発達障害の人のお声を聞くと、白いノートだと紙の光の反射が強くてまぶしくて、字が読めなかったり書いている字もわからなかったりする人がいらっしゃると」
約20年ノート作りに携わってきましたが、“白いノートが使えない人”の存在を初めて知りました。
(大栗紙工 取締役・大栗佳代子さん)
「今まで作っていたノートに疑問を持ったことがなかったので、そういうお話を聞いてびっくりしましたし、聞いたからには何か解決できるようなノートができればいいなと思いました」
「誰もが使いやすいノートを作る」…プロジェクトは走り出し、発達障害のある人ら約100人にアンケートやインタビューを行って当事者の声を集めました。
紙の色やデザインで試行錯誤
まずこだわったのは紙の色です。10種類以上のサンプルを実際に手に取ってもらい、どの色が文字の読み書きに適しているのか検討を重ねました。
(大栗紙工 取締役・大栗佳代子さん)
「10人いれば10通りくらいの感じで、好みだけではなくて色によって感じ方が違うみたい。複数選んでいいという形で(色選びを)したので、ラベンダー色とレモン色が多くなった」
個人差にも対応しようと、最終的に「ラベンダー」「レモン」に「ミント」も加わった3色展開にしました。普通の白いノートと比べると、まぶしさが軽減されているといいます。
そして、ノートの中身について、発達障害がある人からはこんな声が寄せられました。
(発達障害がある人)
「細い罫線を見分けるのが難しく、書いているうちにどこに書いているのかがわからなくなる」
どうすれば書きやすくなるのか。テストを重ねた結果、太い線と細い線を交互に印刷したものや、線を引かず網掛けの帯を用いたものであれば、行の識別がしやすいことがわかりました。
さらに、製品化するにあたりデザインも試行錯誤を重ねました。一般的なノートには日付などを書く欄がありますが、「気になって集中ができない」という声が多く、mahoraノートでは表紙や中身から余計な情報を全て省きました。
制作に協力した“当事者”は…
ノートの発案から完成まで協力してきた元村祐子さんは、自身も発達障害で当事者たちの支援もしてきました。
(元村祐子さん)
「(罫線の)インクが濃かったりすると、それが邪魔して字が書きにくいとか」
元村さんが使っているmahoraノートを見ると、スケジュールや仕事のメモ書きがきれいに記されています。
(元村祐子さん)
「私たち発達障害の当事者が感覚の過敏があったり、逆に鈍麻があったりってわかってきたのがここ数年で、発達障害ってコミュニケーションだけではなくて感覚にしんどさがあるんだっていうのを、モノで知っていただけて本当にありがたいです」
「書くことが苦痛ではなくなった」夢に向かって進む人も
そして、mahoraノートで新たに夢が持てた人もいます。兵庫県内に住む中村沙良さん(仮名・19)は小学生の頃から文字を書くのが苦手で、中学生になってからはノートを開くことができなくなりました。
(中村沙良さん <仮名>)
「線(罫線)があるノートは、それ通りの大きさに合わせて書かないといけないから、斜めになったり文字の大きさが小さくなったり大きくなったりしちゃう」
去年、mahoraノートに出会い、気持ちに変化があったようです。
「(mahoraは)決まった線ではないから書きやすい。ラベンダー(のノート)だったら、(網掛けの)線が浮き出ているような感じに見えるから、不思議な感じで書けた。書くことが苦痛ではなくなった。勉強が楽しくなった」
「文字を書いて覚えることができる」。学習能力が向上したことで、沙良さんは今、幼いころから抱いていた夢に向かって進んでいます。
(中村沙良さん <仮名>)
「美容師さんか、美容院を作れたらいいなって思っている。ずっと小さいころから通っている美容院があって、その人も私が(発達障害が)あると言っても、『そうなん?じゃあ自分なりにがんばってみなよ』って。私がもし美容師になれたら、ハンデがある人たちに優しく接せられるような美容師さんになりたい」
誰にでも使うことができるノート。特別な魔法をかけたわけではありませんが、多くの人の一助となっています。