10年前に全国で初めて導入された『軽救急車』。国に許可を得て軽乗用車を改造して作られました。この救急車が走るのは瀬戸内海に浮かぶ「坊勢島」。道が狭く坂道も多い島で命を守る「軽救急車」とその現場で活躍する救急隊員たちを取材しました。
道幅が狭い離島でも走れる『軽救急車』
瀬戸内海を走る定期船で取材班が向かったのは、姫路港から約30分のところにある兵庫県姫路市家島町の「坊勢島」です。この島は、1周約12kmで、島の住民は約2100人。漁業が盛んな小さな島です。
この島に全国で初めて導入された救急車が走っています。軽ワゴン車を改造した「軽救急車」です。
(姫路市消防局・坊勢出張所 松下丈夫さん)
「本土・姫路市消防局に載っている資器材とほぼ変わらない資器材が載っています。酸素ボンベであったり、AED、自動胸骨圧迫器だったりが載っています」
軽救急車の中は、スペースを広く取るために車内の壁に必要な装備をフックでかけるなど、工夫を凝らしています。
患者を運ぶストレッチャーも長さが180cmあり大人でも十分に乗れる大きさです。
軽救急車を運用しているのは姫路市消防局の「坊勢出張所」。元々この島には救急車はなく、島の職員が患者を搬送していました。姫路市は島の救急医療を確保するために、10年前に国に許可を得て、道幅が狭い離島でも走れる小さな救急車を作ったのです。
年間の出動件数は約100件。1週間以上出動がない時もありますが日々訓練が行われています。島には診療所が1つしかなく、救急患者が出た場合、患者を本土にある総合病院などに搬送しなければなりません。患者は軽救急車から「救急艇」へ。
(姫路市消防局・坊勢出張所 松下丈夫さん)
「坊勢島には救急艇がないので、隣の家島本島の方から救急艇を呼びまして、患者を姫路港の方に搬送します。定期的に訓練と実働で連携を取っております」
島特有の『高低差』問題
坊勢島の救急搬送には“この島特有の問題”もあります。それは高低差です。近くに見える場所でも、大きく遠回りしなければたどり着けない場合もあるといいます。隊員たちは島中を歩いて地形を色分けして把握していました。
(姫路市消防局・坊勢出張所 松下丈夫さん)
「(地図の)色わけによって高低差があるんです。例えばここ色分けされているんですけれども、ここの家とここの家は高低差が10mほどあって、道もつながっていないので、ここに行こうとしたらぐるっと回って行かないとここの家には行けないです」
坊勢島は平地が少ない上に、山の斜面に民家が建っているところが数多くあります。細い路地や階段があるところでは、小さな救急車といえども入ることは難しいのです。
(姫路市消防局・坊勢出張所 玉田和宏さん)
「地獄坂といいます。普通の状態でも上がると息切れします。ここを患者さんを運びながら降りてくるというのはかなりの重労働なんですけれども」
仮に地獄坂の上に患者がいた場合は、3人で抱えて地獄坂を降りていきます。
(姫路市消防局・坊勢出張所 玉田和宏さん)
「座れるような状態の患者さんであれば座っていただいて。2人か3人でこのまま持ち上げます」
毎日“本土から定期船で通う”救急隊員たち
島民たちの命を日夜守っている救急隊員たち。所長と8人の隊員が交代で勤務していて、毎日本土から定期船で通っています。
(姫路市消防局・坊勢出張所 玉田和宏さん)
「愛妻弁当です。前がこういう景色なので清々しく食べられていますね」
つかの間の休憩。島の漁師さんが差し入れを持って出張所にやってきました。
(漁師 上西一夫さん)
「これはハモ。これがカマス、これもおいしいわ。普段から世話になっている、この人たちに。救急が入ったらパッと何もかもほって飛んで出てくれるさかいな。だから島の人は喜んでいる」
時折、島の住民が出張所を訪れて世間話をしていきます。隊員たちにとっても地元の人とコミュニケーションをとることは有事の際に役立つといいます。
(姫路市消防局・坊勢出張所 宇治珠樹所長)
「顔が見える関係を築いていくのが現場でも役に立ちますし。私らが活動していても『見たことある兄ちゃんやな』と言ってもらって意思の疎通がしやすいなと。こういうふうにしていろんな方とおしゃべりして情報収集しています」
勤務は朝9時~翌朝9時までの24時間制。3人が寝泊まりして出動に備えます。
(姫路市消防局・坊勢出張所 松下丈夫さん)
「消防に入って17~18年勤めているんですけれども、まさか魚をさばく日が来るなんて思ってもいなかったです」
消防局に入って38年目になる玉田和宏さん(59)。4月に赴任してきましたが、来年この島で定年を迎えます。
(姫路市消防局・坊勢出張所 玉田和宏さん)
「島というのはどれほど不便なところで、なおかつ救急が大変なのかということを知りたいなと。若いものに迷惑をかけながらでも1年間体験してみたいなと。それで姫路消防を卒業できたらなと思いまして。私ここに勤務するにあたって(乗船のために)1時間早く家を出ないとあかんのですよ。妻がいつもお弁当を作ってくれているんですけれど、その辺はちょっと申し訳ないなと思いながら」
“小さな救急車”が“大きな役割”を担う
そして取材をした12月7日、救急出動の指令が入りました。向かったのは島唯一の診療所。要請したのは診療所の医師でした。
診察した70代の女性が脳梗塞の疑いがあり入院や手術ができる本土の病院まで搬送することになりました。
(搬送先の病院へ連絡する救急隊員)
「救急艇で行かせていただくんですけれども」
患者を乗せた軽救急車は、事前に要請していた救急艇が待つ港に向かいます。救急要請から救急艇に患者を乗せるまで約20分。普段の訓練通り冷静に患者を搬送して、救急艇は本土の病院に向けて出航していきました。
高齢化が進む離島で小さな救急車が大きな役割を担っています。