日本の刑事裁判では有罪率が99.9%とも言われていて、起訴されると無罪を勝ち取ることは極めて難しいとされています。その高い有罪率の壁と向き合う刑事弁護人。その実情はどのようなものなのでしょうか。
弁護士活動14年で7件の無罪判決
大阪市北区にある「藤井・梅山法律事務所」の川崎拓也弁護士は、弁護士活動14年で7件もの無罪判決を勝ち取ってきました。
(川崎拓也弁護士)
「何もしなかったら絶対有罪なんですよ。裁判官がその0.1%を見つけてくれることはあり得ないと思っているので。やっぱり弁護人が0.1%をどう法廷に出せるか。なかなか難しいです、ドラマみたいな展開はなかなか無いですね」
2012年、大阪市内のクラブが許可を得ずに客に酒を提供して、ダンスをさせる行為が風営法違反にあたるとして経営者が起訴された事件。川崎弁護士らはダンスが性風俗を乱す営業ではないことを立証して、無罪が確定しました。
(川崎拓也弁護士)
「無罪判決をとった時はものすごくうれしかったですし、自分は99.9%の残り0.1%をやったんだという達成感がすごくありました。ただ、そういう事件の方がすごく少ないですし、そうならないこともすごく多くて、その何倍も悔しい思いをすることも多いので」
女児死亡事件で無罪を証明すべく『地道な証拠集め』
川崎弁護士は、いま“ある事件”を担当しています。
(川崎拓也弁護士)
「(Qきょうは誰に会いに行く?)今西貴大被告に会いに行きます」
今西貴大被告(33)。2017年、大阪市東淀川区の自宅で当時の妻の連れ子だった希愛ちゃん(当時2)の頭に何らかの方法で暴行を加えて、死亡させた罪などに問われています。
去年3月、川崎弁護士らは無罪を主張しましたが、1審の大阪地裁は今西被告が頭に暴行を加えて死亡させたとして、懲役12年の有罪判決を言い渡しました。
(川崎拓也弁護士 去年3月)
「こちらの主張が認められなかった部分がありますので、控訴してきちんとした判断を仰いでいきたい」
1審の判決は検察の主張通り、「暴行によって出血を伴う脳の損傷を負わせて心肺が停止した」と認定しました。
しかし、弁護団が希愛ちゃんの心臓の組織を鑑定したところ炎症の痕が見つかり、「心筋炎といった病気などが原因で心肺停止に陥った」と主張。頭部への暴行ではないことを示す証拠を地道に集めています。
【弁護団会議でのやり取り】
(秋田真志弁護士)
「今回の希愛ちゃんみたいに、突然死だからその場ですぐ死んでしまう場合だけではないということが報告されている」
(川崎拓也弁護士)
「いずれも死後に心筋炎が見つかっている?」
(今西被告の弁護団 秋田真志弁護士)
「そういうことですね」
(川崎弁護士)
「現場に行って分かることって山ほどあって。そういうのもすごく大事ですけど、医学的な論争(事件)は勉強しないと分からないこともたくさんあって。一発逆転みたいなことがあればいいんですけど、やっぱり調査は地道なことの方が多いかもしれないですね」
別の死因を検証する一方で、「頭の中の出血」についても独自に調べます。
事件の真実は何なのか。1月26日、川崎弁護士は専門家である「国際医療福祉大学・三田病院(東京・港区)」の松野彰・統括主任教授に直接会って見解を聞き取ります。
(川崎拓也弁護士)
「(検察側の証人は)『出血が多いから外傷だ』と言っているんですが」
(国際医療福祉大学・脳神経外科 松野彰統括主任教授)
「外傷だから多い、内因性(病気)だから少ないという議論は全く間違っている」
川崎弁護士らは専門家から次のような内容を聞き取りました。希愛ちゃんは心肺停止になった後、病院に搬送されて一旦は蘇生し、約1週間後に亡くなっています。
専門家などによると、心肺が停止すると脳に酸素が行き届かなくなり、血管などが弱ってしまいます。その後、蘇生して心拍が再開すると一気に脳へと血液が流れて、それによって弱った血管が破れて出血する可能性があるといいます。
重要な証言ですが、こうした協力を得るのは簡単ではないといいます。
(川崎拓也弁護士)
「あたった先生でいったら脳神経外科だけでも1人、2人、3人、4人…、4人目~5人目くらいの先生でしたね。『そういうことが体の中で起きているんですか』ということを教えてもらって、それを主張に引き直していくというか、法廷にどうやって出すかを考える」
冤罪事件などを支援する会合にも参加し呼びかけ
刑事弁護人の仕事は「法廷」だけではありません。
(川崎拓也弁護士)
「皆さまにこの事件の問題点、冤罪であるということをお分かりいただいて、ぜひご支援につなげていただけたらと思っておりますので」
1月27日、川崎弁護士は冤罪事件などを支援する人権団体「日本国民救援会大阪府本部」の会合に参加。被告人やその家族は、無実を訴えても世間の理解を得にくいのが現実です。この会合で今西被告の母親が話をしました。
(今西被告の母親)
「私たちは息子の無罪を信じています。1日でも早く帰ってきてほしい思いで今日まできています」
(川崎拓也弁護士)
「やっぱり大半の事件は有罪な訳で、その意味では無罪を主張していることに対して批判を浴びることや、立場が違えば『何を言ってるんだ』みたいな話にも、特に虐待事件の時はそういうことがあります。だけど、支援していただいている方がいるというのは、私たちにとっても今西被告にとってもプラス」
2月4日現在、大阪拘置所に勾留されている今西被告。控訴審が始まる前に何を思うのか。取材班は今西被告に直接聞いてみました。
(今西貴大被告 2月2日)
「最初は弁護士の先生たちに信頼してもらえるか不安でした。希愛の本当の死因を解明してあげてほしいです。今は無実が認められるのを静かに待とうと思います」
「僕らがやめてしまったら誰もいなくなってしまう」
弁護側が医師らの証言を固める一方で、検察側も「希愛ちゃんの頭の中の損傷は外からの強い力がなければ起きない」などとする、別の医師らの意見を裁判所に提出しています。
有罪か無罪か。0.1%の結果を導くのは容易ではありません。
(川崎拓也弁護士)
「敵(検察)の方がお金も技術も持っているし、何なら権力も持っているし。僕らは何もないわけですよ、法律しかないし。あとは足と頭しかないですよね。しかも、僕らがそれをやめてしまったら誰もいなくなってしまうので。声を上げられない人の声を法律に乗せて裁判所に伝えるという作業は弁護士にしかできないので。いい結果になるように頑張るしかないんですけどね、まだまだ戦わないとアカンですね」